大露伴
―努力と才能の
 先にあるもの
                            
                            - 
                                    作者幸田露伴 
- 
                                    地域中央区・文京区・大田区・墨田区・北区 
【このプランについて】
幸田露伴は『五重塔』の作者として知られていますが、彼が尾崎紅葉と共に活躍した時期は「紅露時代」と呼ばれ、明治時代の文学に大きな影響をあたえました。そんな露伴にゆかりのある地を、彼が残した作品と共に巡ります。幸田露伴がいた素敵な空間にあなたも足を運んでみませんか?
- 宝塔長(とこしな)へに天に聳えて、西より瞻(み)れば飛檐(ひえん)或時素月を吐き、東より望めば勾欄夕に紅日を呑んで、百有余年の今になるまで、譚(はなし)は活きて遺りける。
- 幸田露伴『五重塔』より
※歩きスマホに気をつけましょう
道順
- 所要時間:
- 約6時間半
- 
                                
                                    01上野四丁目周辺露伴は下級武士の父のもと、4男として現在の上野で生まれました。 
- 
                                
                                    02露伴居住跡北海道から東京に戻り、作家の道を選んだ露伴が最初に住んだ家です。 
- 
                                
                                    03天王寺五重塔跡地露伴の作品『五重塔』のモチーフとなった場所です。 
- 
                                
                                    04墨田区露伴児童遊園生前何度も引っ越しを繰り返した露伴の引っ越した場所の1つです。 
- 
                                
                                    05言門団子露伴が通ったといわれる団子屋です。 
- 
                                
                                    06小石川蝸牛庵跡付近 椋の木露伴が最後に住んでいた住居跡です。 
- 
                                
                                    07池上本門寺 幸田露伴の墓露伴の墓がある寺です。 
- 
                                
                                    08銀座 明治屋「酒仙」という異名があったほど、露伴はお酒が大好きだったそうです。 
※歩きスマホに気をつけましょう
作者紹介
幸田露伴
1867年(慶応3年)生まれ。下級武士の父の元に生まれ、独学で勉学に励み北海道で就職をした後、東京に戻り作家となった。『五重塔』『運命』などの作品を発表し、彼が活躍した時代は作家の尾崎紅葉と共に「紅露時代」と呼ばれ、明治時代の文学に大きな影響を与えた。
